2011年2月28日月曜日

    
       人は誰でも仮面をつけて生きている。 

  その仮面が剥げるのか剥げないのかという違いだけだ。 
             ーーー平幹二郎のセリフ 

   


   
  とても古い邦画ですので、 
  勅使河原宏監督の『他人の顔』を見たことある人、 
  少ないのかな。 

  戦後の日本人の精神状態を写実的に描いた映画だったけれど、 
  50年後の社会にも啓示があるのかと思いつつ..... 

  わたしたちの顔は、 
  どんな役割をしているのか。 

  「仮面」(顔)というものは、
  とても大切なものだ。
  
  ドラマセラピーの世界で、
  こういう言い方がある。
  
 「人は自分自身として語るときもっともその人自身から遠ざかっている。仮面を与えよ。そうすれば、人は真実を語るであろう。」

  もし、 
  ある日、 
  私たちみんな同じ顔(仮面)していることになったら(整形技術のおかげだとか)、 
   
  もし、 
  ある日、 
  私たち自分の仮面(顔)を見つからなくなったら、 

  どうすればいいでしょうか。 


  


  大学で一緒に授業を受けてた同級生の一人は、
  目が不自由な方だった。
  彼は毎回だれかと近づきたいとき、
  その人に「あなたの顔を触ってもいいですか」とたずねる。
  彼に対して、人のイメージの構成は視覚的なものではなくて、
  声のトーンや顔の形とその筋肉の微妙な動きで覚えてるだという。
  だれか整形したとしても、
  彼は「その人はその人のまま変わってないんだ!」と私たちよりうまく識別できるのかもしれない。

  目が自由な私たちは、逆に目に見える「顔」にごまかされる。

  



  もし、 
  愛する人が目の前にいて、 
  でも違う顔にしているのならば、 
  アタシは 
  あなたが実にそばにいることを 
  からだ、 
  こころ、 
  魂で、 
  感じられるのでしょうか。 

  どうすれば「顔」の壁を超えて、 
  あなたと抱きしめられるのでしょうか。 
   
  怖いけど面白い問いかけですね。

  原作者の安部公房はこう答えた。
  「それでも、ぼくはそばにいる。」

  答えになってないけど、
  なんといういい答えなんだろうね。
  

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